大学時代に感じていた虚無感

目標に生きるのか生かされるのか

僕は二浪して大学に入りました。

二浪中、たしかに辛かった

いやあとても辛かった、まーじ辛かった笑

でも「早稲田を目指している」という明確な目標があったので
自分の中で辛さはあったが同時に確固たる充足感がありました。

しかし、晴れて二浪の末に早稲田に入れたが大学時代には常に虚無感に襲われていました。

サークル活動に勤しみ、好きな事を存分にしているのに。

「なんかこのままで良いのか俺!?」って常になっていたんですよね。

というのも、

「俺はこれからどこに向かっているんだろう」

って何をやっている最中もその事が頭をよぎっていて不安で仕方なかった。

自分が何かをずっと追い求めている状況だったので、それが無くなって

はい!自由だよー!って言われてもいまいちピンと来なくて戸惑っちゃったんです。

高校時代厳しめの部活をやっていた人もこの現象に飲み込まれてしまうことってあるあるですよね。

大学生の自由過ぎる時間の使い方に不安を抱いてしまった。

そこからは自分のやりたい事を書き殴った結果、自分は誰かのレールの上を歩くのが嫌だというとても面倒で社会不適合者だという事が判明したんです。

ここからはもう本当に大変で、入っていた3つのサークルに(入り過ぎや俺!)もう顔を出さなくなり、自分でサークルを立ち上げました。

そこからはまあ話せば長くなる苦難があったのですが、周りの人の協力もあって数百人を超える大所帯になるくらいにまで成長。

引退するまでは充足感に包まれていたのですが、引退してからは就活くらいしか大きなイベントしかないのでマジで自分がどこに向かっているのか病が再発しました笑

素直に受け入れる

でも、きっとこの感情って常に付きまとうというんじゃねーかって結論に至る大学生時代の僕。

少し大人になって、最近はそれが当たり前だ、という少し達観した感情で受け止められています。

自分がどちらかといえば何か新しい事に挑戦したい人だっていう自覚があるから

その感情の裏返しだと気付いたからです。

虚無感がある人って自分がやりたいことを内に秘めているけど、そのやりたいことが自覚出来るまで表面化せずに自分自身で自分がわからなくなっちゃうんですよね。

もうね、僕25歳なんですよ。

歳取ったなあと思いつつあなたもすぐですよ。25歳。

でも、悪くないですよ25歳。

そしてもう25歳だけど、まだ25歳。

漢文で40歳の事を不惑って言いますが、「四十にして惑わず」の通り、

40歳になってはじめて迷いがなくなるんだそうです。

でも、やりたいことが尽きない人は40歳になっても不惑なんて来ないんだろうなって思いますけど。笑

やりたいことが多すぎて焦っているいる毎日です。

大学生になったばかりの僕にいってやりたい

「お前今そんなにやりたいこと無いかもだけど、大人にになったお前は死ぬほどやりたいことあるぞ焦るなよ」

って。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

リベラルで自由なサラリーマンである『リベリーマン』になる為の情報を発信中。 受験ブログが受験ブログランキング1位になり著書『引きニートコミュ障、偏差値28から早稲田に行く』を出版。 LINEスタンプ『お寿司ですが何か?』『意識低い系キリン』なども発売中。

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