早稲田大学人間科学部・藤田悠登さんの合格体験記

名前

藤田 悠登

 現役or何浪か

現役

高校

私立大手前高松高校(香川)→2年間で転校→通信制高校

早稲田の学部

人間科学部 健康福祉科学科

これだけは言わせて

地方の進路指導は理不尽なまでに偏っている!

「国公立大学」や「地元の国立」を過剰に高く評価し、逆に他の大学を過剰に低く評価している進路指導は、地方(ここでは首都圏以外)には驚くほど蔓延しています。しかし、それに対する客観的な根拠の裏付けは驚くほど少ないのです。例えば『国公立至上主義』。あれは単なる“しきたり”に過ぎません。

・「出身校ごとの平均年収」や(※)

・就職活動のリアル(※)

を調べたり、

・教科における自分の得意不得意

・努力とのコスパ

・チャンスの多さ少なさ(体調に周期がある女性であれば特に)

・浪人のしやすさしにくさ

・学部の多さ少なさ

・校風の自由さ(学生のノリ)

などを考えたりした時に「私立大学志望」の方に魅力を感じる人がいるのは自然なことです。少なくとも『国公立至上主義』の生徒に対する押し付けが理不尽であることは明らかに分かります。

「金がかかる私立に行くのは親不孝だから国公立に行け」などというのは『国公立大学至上主義』を無理に肯定するための単なる後付けに過ぎませんし、そのようなことを言う先生は「地方出身者には条件の厳しくない給付型の奨学金が大学から出ている場合が多く、国公立大学と同じ学費で私立大学に通える」ということを知りません(私も国公立大学の文系と同じ学費で早稲田に通っています)。

私はこのような理不尽が大嫌いで、このような境遇に苦しんでいる高校生がいることを考えると抑えきれない怒りが沸きます。将来的に家庭を持って人の親になる時がもし来たならば、子供をこのような理不尽な環境に置かないためにいくらでも自腹を切るつもりでいます。

基本的に他人の進路は興味のない私ですが、通信制高校に移るまでの私のような思いをする高校生が増え続けるのだろうと思うと我慢がならず、ついには「高校やめたら早稲田受かった」(デザインエッグ社)と題した合格体験記を出版してしまいました。

この合格体験記には、地方出身の私大生を質問攻めにして怪訝な顔をされながら聞いた地方の進路指導の現状や、通信制高校への心理的抵抗をなくすための情報などを盛り込みました。Kindleやブログで無料で読めますので、気になる部分だけでも読んでみていただきたいです。

(※)

書籍「時間と学費をムダにしない大学選び2016 – 最辛大学ガイド」石渡嶺司・山内太地(中央公論社)

HP「有名企業への就職率が高い大学ランキング」(東洋経済オンライン)

http://toyokeizai.net/articles/-/135000?page=4

HP「国内・海外全160校 出身大学別年収ランキング」(DODA)

https://doda.jp/careercompass/ranking/daigaku_nenshu.html

HP「大手企業内定の地方大学生が贈る後輩たちへのアドバイス」(unistyle)

https://unistyleinc.com/columns/81

早稲田の人間科学部は健康福祉学科(※)で受けろ!

人間科学部には「人間情報科学科」「人間環境科学科」「健康福祉科学科」の3つの学科があります。例年の合格最低点が一番低いのは「健康福祉科学科」です。

受験時に志望学科を指定する必要があるため学科名で学習内容を想像して学科を選択する人は多いのですが、実はこの学科区分はいわゆる“有名無実”なもので、学科ごとに分かれて受ける授業は2年の前期に行われる「人間情報科学概論」「人間環境科学概論」「健康福祉科学概論」のみです(僭越ながら、たいした内容の授業ではありません)。

所属学科に制約がある授業はありませんし、2017年度からは専門・卒論ゼミ選択でも学科枠制度が完全になくなりました。大学が発行したパンフレットには学科ごとに内容が違うように感じられる書き方がなされていますが、入学してしまえばどの場面でも所属学科の違う学生が隣にいます。

(※)傾向は変わる場合がありますので、過去数年の合格最低点を最新の赤本で確認してから受験してください。赤本を見れば、学科によって合格最低点が数%も違うことがわかっていただけるはずです。

早稲田志望だけど「なんとなく」人間科学部を受験しない人へ

早稲田の学部を複数受験する人の中には「人間科学部の偏差値を早稲田の他学部と比べると就職がなんとなく不安」という理由で人間科学部を受けない人もいますが、それは「もったいない」と思ってしまいます。自画自賛で恐縮なのですが、「サンプル50社 学部別就職率ランキング(2015年度)」(※)では、人間科学部は10学部中5位なんですよ。

(※) http://livedoor.blogimg.jp/wasedasokuhou/imgs/5/c/5c5dafbe-s.png

早稲田合格体験記

1、全日制高校をやめるまで

ついに落ちこぼれた

(以下登場人物は仮名です。)

東京と違い、香川をはじめとする多くの地方の高校受験は公立高校を第一志望として受験するのがベーシックです。

(地方には高収入の家庭が少ないのが理由の一つです。)

香川の私立高校に通う人のほとんどは、公立高校に落ちています。

公立高校の受験に失敗した私もまた、そのうちの一人でした。

進学してから調べてみると、私の進学した大手前高松高校の「早慶・旧帝大合格者」は、一年に一人いるかいないかくらいでした。

(その割には、先生たちは「うちの高校の特別な授業を受ければ塾や予備校など行かずに難関大学に合格できる」と言うのです。遠慮なく言わせてもらえば、俗に言う“自称進学校”というやつです)

しかし、私はなぜか

「進学実績なんか関係ない。俺は凄い大学に入れるに決まっている」

という『根拠のない自信』に満ち溢れていました。今思うと一種の中二病です。

入学式の最中、同じ中学から進学した同級生に

「この高校で俺は一番の成績をとるよ。とりあえず最初の定期テストで学年五位以内に入ってやるからな」

と豪語していたほどです。

しかし、そんなものはただの絵空事に過ぎませんでした。

最初の定期テストで、私は学年五位どころか、クラスで下から五人の中に入っていました。

ほとんどすべての教科で、学校の授業に全くついていけていなかったのです。

私はこの時初めて「どこがわからないのかすらわからない」感覚を実感しました。

しかしクラスメイトはそんな私とは違い、皆そこそこ授業について行けているようでした。

毎週月曜日の朝にある英単語テストでも、クラスメイトは「朝飯食いながら英単語帳見れば余裕でしょ」などと言いながら、余裕の表情で合格点を取っていました。毎週不合格なのは私くらいのものでした。

皆が難なくこなしている勉強が、私にはできなかったのです。

人前で勉強するのが大嫌いな私なのですが、こうなったらもう仕方ありません。休み時間に英単語帳を開き、次回の英単語テストの一週間前から試験範囲の英単語を覚えようとしました。

遊んでいるクラスの友人に「お前マジメかよ」と笑われて恥ずかしくなりましたが、「マジメ」だと言われることより、英単語テストで不合格になって悪目立ちする方が嫌でした。

授業にはついていけていなくても、せめて英単語テストでは周りについて行きたいと思っていました。

しかし、そこまでしても結局、いつまでたっても英単語テストは毎週不合格のままでした。

開き直って、ラインの「ステータスメッセージ」欄に“落ちこぼれ”と書くほど、ただの落ちこぼれになっていました。全てがどうでもよくなり、ただただ無気力な惰性で学校に通いました。

そんな私には目もくれず、クラスの友人たちは「あの部活、先輩が可愛かったから入ろうぜ」と盛り上がっていました。

大手前高松高校では、ほとんどの部活が週に二日しか活動していませんでしたが、週二日すら部活動をする気になれなかった「無気力」な私は、帰宅部になるつもりでいました。

しかし、月曜日の放課後だけ活動している小さな応援部を管理している先生のの手により、帰宅部になるはずだった私は結局、応援部に半強制的に入部させられてしまいました。

東進と英単語ゲーム

私の成績は、いつの間にか定期テストでクラス最下位になりました。

私はすっかりいじけてしまいました。最初は応援部などやめようと思っていたが、もはややめる気力すら失っていました。

皆が夏休みまでの日数を指折り数え始めた頃、高田先生が私に東進衛星予備校の無料体験を勧めてきました。高田先生とは、東進の校舎長をしながら、応援部のコーチとして毎週月曜日に大手前高松高校に来てくれていたおじさんのことです。

どうせ学校の授業にはついていけないんだし、東進で簡単な授業でも受けて、久しぶりに「ついていける」感覚を味わうのも悪くない。

そんな斜に構えた気持ちで高田先生の誘いに乗った私は、夏休みを使って東進の無料体験に行くことにしました。

この東進の無料体験には体験特典として、英単語の意味を選択肢の中から選ぶパソコンのゲームが付いていました。「高速基礎マスター講座」のことです。

私は、

「こんなゲームで頭が良くなるはずねえよな」

と思いながらも、一日一時間ほど東進でこのゲームをやり続けていました。

そうこうしているうちに夏休みが明けました。

夏休み明け最初のテストは、いつも私が不合格になる毎週月曜日の英単語テストでした。

私は試験範囲など確認もしませんでした。どうせまた不合格だろうと思っていたからです。

だが、問題用紙を開いて、私は驚きました。英単語帳を開いてすらいないはずなのに、そこに書いてあるのは全部知っている英単語ばかり。夏休みに東進の無料体験でやっていた「高速基礎マスター講座」で覚えた英単語ばかりだったのです。

私は初めて英単語テストで合格点をとりました。

たかが英単語の小テストができただけの話ですが、私にとっては大きな成長でした。もしかしたらいけるかもしれない、勉強を諦めなくていいかもしれないと思いました。すっかり東進を気に入った私は、すぐに入塾手続きをして東進の塾生になりました。

東進の塾生になった私は、英単語ゲームだけではなく、映像授業もちゃんと受けるようになりました。

学校では全くわからなかった英文法も、東進の講座「今井のC組」を受けてテキストを復習すれば驚くほどわかるようになり、全くついていけていなかったはずの学校の英語の授業を、いつしか簡単すぎるとさえ思えるようにまでなっていました。

高一の冬に学校で受けた進研模試では、春に受けた進研模試より英語の偏差値が10も上がっていました。

古典の講座「基礎からの的中パワーアップ古文」も東進で受けるようになり、古典文法もわかるようになりました。

調子に乗った私は再び、「私はやっぱり凄い大学に入れるのだ」と思うようになりました。

しかし、学校の授業にどの教科も全くついていけない状態だった私が、今から旧帝大のような「難関国立大学」を目指すのはさすがに不可能でした。ならば、教科数を絞って「難関私立大学」を目指そう。

私は「難関」と言われる私立大学を「大学受験案内(東進ブックス)」で片っ端から調べました(無機質でわかりにくい構成の受験情報本が沢山ある中で、この本は見やすい構成の中に必要な情報を網羅しており、オススメです)。

英語と古典が少しできるようになったからといって入れる大学は一つもありませんでしたが、「早稲田大学人間科学部」なら、もしかしたらギリギリ狙えるのではないかと思いました。

人間科学部は早稲田の中で偏差値が少し低めだったからです。それに加えて人間科学部では、私が唯一興味を持つ学問である心理学を学ぶことができるようでした。

「早稲田大学人間科学部」こそ私の志望校にふさわしい!

そう思った私は、志望校を「早稲田大学人間科学部」に決定しました。

「自称進学校」と宿題の山

高一の冬が終わり、三月になりました。

春休みの宿題が大量に出ました。宿題の一覧表を見たクラスメイトが、「さすがは『〝自称〟進学校』。質より量だな」と言っているのが聞こえました。

先ほども書きましたが、私の高校はまさに『〝自称〟進学校』でした。

合格実績は振るわないけれど、「進学校」として生徒を集めようとしている高校は、宿題や課外授業を増やし、校則を厳しくすることでなんとか合格実績を上げようとしていることがあります。

このような高校は、しばしば「〝自称〟進学校」と揶揄されるのです。

ですが、「春休み中に一年間の学校の授業内容を一気に勉強して落ちこぼれを脱却してやろう」と密か思っていた私にとって、この量はむしろ大歓迎でした。

これだけの量をこなせば、一年間の遅れなど簡単に取り戻せると思ったのです。

私は早速春休みの宿題にとりかかりました。しかし、東進のおかげで分かるようになってきていた英語と国語以外の教科の宿題は、最初のページから解けないような問題ばかりが並んでいました。

諦めて次のページをめくると、そこには更に難しい問題ばかりが並んでいました。簡単に言うと、最初のページの内容が次のページの内容の前提知識になっているからです。

それはまるで学校の授業のようでした。

学校の授業も春休みの宿題と同じように、一度授業につまずけば、そこから後の授業内容が全てわからなくなるものです。授業が進んでいっても、椅子に座ってただ先生が自分を当てないのを願っているばかり。

しかも、ただでさえ「分かりやすい」とはとても言えないような授業も学校には沢山あります。「つまずいたところから復習すればいい」と言われたところで、学校から家に帰ってから寝るまでに確保できる時間を考えるとそれは現実的とは言えません。

これでは、苦手な教科はどんどんわからなくなる悪循環に陥ってしまいます。

そして、春休みの宿題はこの悪循環を象徴しているようように私には思えました。

最初から授業につまずいていた私がクラスで最下位になったのは、思えば当たり前の事だったのです。

この事に気付いてから、私は苦手科目を捨てて本格的に早稲田の受験に必要な科目だけを集中して勉強することにしました。

日本史は後でもできると考え、まずは英語と国語を勉強しました。

英語・国語の勉強法

以下に、英語と国語の勉強の中で特に役に立った東進の講座を紹介します。

東進生、東進に興味のある方の参考になれば幸いです。

読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

〈英単語〉

・東進 「高速基礎マスター英語」の 『センター1800』と『上級単語』

〈英文法〉

・東進 「今井のC組」講座 90分×35講

〈古典文法〉

・東進 「基礎からの的中パワーアップ古文」講座 Part1 90分×5講

※「現代文は努力か才能か」というのは受験生の話題の中によく上る議題だと思います。こんなことを言えば身も蓋も無いと思われるかもしれませんが、現代文に関しては「才能(幼少期の環境も含めて)に依拠する部分の方が大きい」と私は思っています。このことを頭に置いておくことで、現代文が苦手な人は現代文に時間をとられることなく他の教科でカバーする、といったコストパフォーマンスの良い勉強ができるのではないかと思います。

このようにして、私の英語と国語の成績は少しずつ伸びていきました。

このころの私は「早稲田大学人間科学部合格」のことしか頭にありませんでした。

「早稲田大学人間科学部に合格する」という目標だけが生きるエネルギーだったと言っても過言ではないかもしれません。

理不尽すぎる進路指導

高二も半ばに入り、皆が志望校を本格的に考え始めました。

私が通っていた大手前高松高校は「国公立大学主義」で、実際、生徒の多くは国公立大学を目指していました。

香川で生まれ、香川で育ち、香川やその周辺で就職したいと思っている友人たちにとっては、地元の「香川大学」や中国・四国で名前が通る「岡山大学」や「広島大学」、中国・四国で難関大学とされている「神戸大学」などを志望することは「ごく自然な流れ」なのかもしれません。

しかし、私は絶対に早稲田に行きたいと思っていました。

大学選びは生徒の人生を左右する大きな決断です。

その決断を下すのは生徒本人であるべきだし、きっと学校の先生もそう考えているだろう、私はそう思っていました。

しかし、そうではありませんでした。

大手前高松高校には、坂木という古典の先生がいました。私立大学を志望する生徒は、185センチほどの長身に抗しがたい威圧感をまとう坂木先生の手によって理不尽な制裁を受けることになっていたのです。

「国公立大学主義」の私の高校にも名目上の〝有名私立大学専願コース〟はあったのですが、実際にそこに在籍する生徒は、一般入試でMARCHや関関同立に合格するには程遠い偏差値の低い生徒ばかりでした。しかし、そのコースに行くしか、私立志望の生徒が誰にも反対されずに私立大学を第一志望にすることが認められる道はありませんでした。

クラスメイトの佐藤という私立大学志望の女の子が〝私立大学専願コース〟に移ろうとした時、坂木先生はその女の子を教室に呼び出し、1時間以上も説教をし続けました。

「数学が苦手なので、私立大学で数学を使わず勝負したい」という生徒に坂木先生が「私立大学は金がかかるんだ!親の気持ちを考えろ!」と怒鳴ったという話も耳にしました。

(これに対する反論は後に記しますが、結局のところ、地方に蔓延る「国公立大学主義」は根拠のない“しきたり“なのです。)

このように、坂木先生は私立志望の生徒に圧力をかけ、何が何でも国公立大学を志望することを強要していたのです。私より上の学年には、この圧力のために学校に通えなくなった方もいます。その方は、未だに坂木先生を許すことができないと言っていました。

それなのに他の先生は、誰も坂木先生を止めませんでした。

本来、大学選びの選択権は生徒本人にあります。家庭の事情などを考慮する必要があることは言うまでもありませんが、少なくとも教師が生徒に進路を強要するなど絶対にあってはならないはずです。

あまりにも理不尽だと思いました。

腹が立って仕方がありませんでした。

「こんなとこにいては早稲田になんか行けない」

そう思った私は、高校をやめることを決意しました。

高校、やめます

高校をやめたからといって早稲田に入れる保証はどこにもありませんでした。ですが、高一の春休み以降、私は学校の授業をほとんど活用していなかったので、学校の授業が受けられなくなることに不安はありませんでした。

しかし、問題が一つありました。

どうやって大学入試を受けるための必要条件を満たすかということです

「高校中退」のままでは大学入試を受けることができないのです。

しかし、なんとかしてこの高校を抜け出さなければ、憧れの早稲田大学に行くことはできません。どうしたらいいのだろう。私は授業そっちのけで解決策を考え続けました。

クラスの5人ほどの友人と「餃子の王将」に行った時、店の前にかかっていた垂れ幕が目に止まりました。

その垂れ幕には

「通信制高校という選択肢!」

という大きな文字が書いてありました。

それは通信制高校(屋久島おおぞら高等学校とそのサポート校・KTC中央高等学院)の広告のための垂れ幕でした。

これだ!と思いました。

通信制高校がどんなものなのかはよく知りませんでしたが、通信制高校なら、授業にも進路指導にも縛られずに早稲田を目指せるのではないかと思いました。

その通信制高校は屋久島にありましたが、香川にも「通信制高校サポート校」を置いていました。調べてみると、「通信制高校サポート校」とは通信制高校と全国各地の通信制高校在籍者をつなぐ窓口のようなもので、通信制高校卒業のための単位認定に必要なレポートをそこで提出することができるようでした。

私はすぐさま、香川にある「サポート校」に説明を聞きに行きました。サポート校の方は「早稲田に行きたいので今の高校をやめたいんです」と言う私に半信半疑な表情を向けながらも、全日制高校から通信制高校に移るのに必要な手続きを教えてくれました。

サポート校の方から聞いた話によると、私が同級生と同じタイミングで通信制高校を卒業するには、全日制高校(大手前高松高校)を「退学」するのではなく、通信制高校へ「転校」するという形を取らなければならないようでした。

「退学」してから通信制高校に「再入学」すると、「退学」から「再入学」の間にブランクができるため三年間で高校を卒業することができなくなるのです。

母も、早稲田に行くには通信制高校に移るしかないのだと私が熱く語ると納得してくれました。

私は担任の小山先生に転校することを伝えました。小山先生はある程度私の主張も理解してくれたようでしたが、かといって簡単に首を縦に振ってはくれませんでした。

「まずは学年主任との話し合いをしなさい」と小山先生は言いました。だが、坂木先生の一件で高校に不信感を持っていた私が「その話し合いは絶対ですか?そんな決まりがあるんですか?」と食い下がったため、学年主任との話し合いはしなくて良くなりました。

あとは、保護者と私と小山先生の三人で「三者面談」をすれば、私は晴れて通信制高校に移ることができるのです。

「三者面談」は二月の終わりに行われました。

小山先生は当然、転出をやめるように私を諭しました。私の言い分に納得してくれていた母でしたが、途中から小山先生に諭されて私の転出を止める側に回ってしまいました。

こうなることはある程度予想していたので私は冷静でしたが、大の大人二人に説得されている中で、普通に対応しているようではこちらに勝ち目がないことを感じました。

こうなったら勢いで優位に立つしかないと思いました。

どんな脈絡だったかは忘れましたが、私は小山先生の発言に対して「じゃああんたはどうなんだよ!」とキレた、いや、本当にキレたわけではないのですが、キレる真似をしました。

(このキレかたは、とっさに頭に思い浮かんだ私の大嫌いな芸能人・坂上忍を参考にしました)

突然「キレた」私に母と小山先生は当惑し、そしてこいつは本気だと感じてくれたようでした。小山先生は私に転出用の書類を渡してくれました。私は「あんた」呼ばわりしたことを小山先生に謝りました。反対はされましたが、最終的には私の言うことを認めてくれたので、そこは礼儀を尽くす必要があると思ったのです。

書類に「進路方針の不一致」との転出理由を書いて学校に提出し、私は高三の四月から通信制高校に転入することになりました。

2、通信制高校に在学

通信制高校

通信制高校に在学していた1年間のエピソードは長くなってしまうので省きますが、とにかく通信制高校は学力等はほぼ関係なく、誰でも負担なく卒業できる仕組みになっていました。

「確実に卒業できる」ことを前面に出している通信制高校の多くはそうだと思います。

これは、大手前高松高校に通うことに意味を感じないどころか通うことがデメリットにしかならないと感じていた私にとって望むべき環境でした。

日本史が伸びない

この頃、私を東進に誘ってくれた高田先生は転勤になり、私が通っていた東進の校舎長は変わっていました。新しい校舎長は、「受験生は毎日校舎で自習をしなければならない」というルールを定めていました。

自意識過剰で、人前で勉強するのが嫌な私には、そのルールは少し合わないようでした。

加えて集中力がないので、予備校の机にじっと座って勉強するより、家で音楽を聞いたり合間にケータイをいじったり、参考書を手に持って部屋を歩き回ったりしながら勉強する方が私には合っていました。

私は東進に通うのをやめました。校舎長に掛け合い、すでに取っていた映像授業はすべて家で見ることにさせてもらいました。

大手前高松高校をやめて勉強時間も確保できるようになったし、受験までの日数が1年を切ったので、そろそろ日本史の勉強を始めようと思いました。

「日本史に暗記は必要ない。歴史の流れを理解すればできるようになる。」

そんな文章をある日本史の高校教員のフェイスブックで読んだことがあった私は、それを信じることにしました。

まずは、東進で「スタンダード日本史」を受け始めました。授業範囲の「一問一答」を授業後にやりなさいと画面の中の先生は言っていましたが、私はそれを聞き入れませんでした。

暗記する手間を省きたかった手抜きな私は、「日本史に暗記は必要ない。流れを理解すればできるようになる。」というフェイスブック投稿だけを都合よく信じていたのです。

しかし、日本史のセンター模試の成績は全く伸びず、いつまでたっても三割と四割の間をうろうろしていました。

もっと流れを勉強すればいいんだ!

そう思った私は、受験サプリ(現:スタディサプリ)の日本史の授業も受けるようになりました。

月日は過ぎていきました。気づけば八月が終わろうとしていました。ネット配信の日本史の授業をすべて受け終わっても、日本史の成績はほとんど上がりませんでした。

さすがにヤバい。

私は焦りました。そして思いました。

「日本史に暗記は必要ない。流れを理解すればできるようになる。」

というのはウソなんだと。もちろん流れを理解することは確かに重要です。しかし、それだけで受験に必要なすべての事柄を網羅することは、読むだけで文章の中に出てくる単語をほとんど覚えてしまうような記憶力に長けている人でない限りは到底できないのです。

記憶力に長けている人は、記憶力に長けていない人の暗記プロセスを理解してくれていないのです。

こうなったらもう暗記から逃げてはいられない。

夏も終わりを迎えた頃、私はやっと日本史の暗記を始めました。

日本史の勉強方法

−役に立った参考書や講座−

・東進「スタンダード日本史」通史 90分×約40講

・「ゴロ合わせ朗読CD付 日本史まるごと年代暗記180」 中経出版

・「元祖 日本史の年代暗記法 四訂版 (大学JUKEN新書)」 旺文社

・「日本史B一問一答【完全版】2nd edition (東進ブックス 大学受験 高速マスター)」 東進ブックス

そして

・「金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 原始・古代史 (東進ブックス 大学受験 名人の授業)」 東進ブックス

・「金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 中世・近世史 (東進ブックス 大学受験 名人の授業)」 東進ブックス

・「金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 近現代史 (東進ブックス 大学受験 名人の授業)」 東進ブックス

です。網羅性を重視してストーリー性の感じられない通史の参考書が多い中、「金谷の日本史」は最も流れを理解しやすい革新的な本だと思います。

こうした勉強の成果が実り、十月頃には日本史のセンター模試で八割を取れるようになりました。

3、諦めきった受験前

過去問を制せない

秋から冬にかけて受験生が始めることといえば「過去問」です。

「過去問を制するものは受験を制す」なんて言葉もあるくらい、受験生にとって過去問は大切だとされています。

日本史の一問一答も概ねできるようになっていた私は、過去問を制して受験を制してやろうと思い、さっそく過去問演習を開始しました。

最初に解いた早稲田大学人間科学部の2014年度の過去問の正答率は、三教科合わせて五割台でした。

「この正答率では合格できないが、まあ最初だから仕方ない。そもそも問題の形式に慣れていないのだから。」

そう自分に言い聞かせ、私は過去問演習を続けました。

しかし、季節が冬になっても私の過去問の正答率は三教科合わせて五割後半のままでした。

しかも英語は五割を切ることがあったし、国語でも日本史でも一度も七割台を取れたことがありませんでした。

早稲田大学人間科学部の合格最低点は、三つある学科のうち一番入りやすい健康福祉学科で例年六割から六割五分の間でした。

しかも、社会科目の点数調整で、日本史は点数を下げられるという定説があります。

私は焦りました。

「一教科につき一割か二割伸ばせばいいんでしょ?楽勝じゃん」

そう思われるかもしれませんが、入試問題で一割点数を上げるというのは、体重を20キロ増やすより難しいものなのです。受験生ならきっとわかってくれるでしょう。

ここで「よし、やれるだけやるぞ!」と燃えてラストスパートをかけるのが受験生のあるべき姿なのかもしれませんが、私は諦めモードに入っていました。

徐々に勉強量は減っていき、一月の終わりには、ついに1日に1分も勉強をしなくなってしまいました。

ツイートと受験まで

少し時間を遡り、ヘビーツイッターユーザーだった私の11月頃からのツイートの一部を振り返ります。

2015年11月8日(日)21:40

「ああ、確かに俺は受験生にしては手を抜きすぎているかもしれない・・・・・・しかし!気持ちだけはガチ勢のつもりでも集中力が追いつかず、長い時間机に座っていることそのものが目的になり非効率な勉強をしている受験生がどれほどいることか!!俺はそうならないために敢えて気を抜い #勉強しろ」

↑過去問がいつまでたってもできるようにならなかった頃のツイートです。

自分が受験に手を抜いていることをアピールし、逆に周囲の「頑張っている」受験生を嘲笑することにより受験に失敗した時の言い訳をしています。

2015年12月25日(金)17:23

「志望大学の志望学部の教授が盗撮でもして今年度の倍率ガタ落ちさせてくれんかな」

↑ある大学の教授が盗撮で逮捕されたニュースを受けてのツイートです。「志望大学の志望学部」とは「早稲田大学の人間科学部」のことです。

2016年1月6日(水)16:07

「#関学行く人いいね押して」

↑徐々にやる気を失っていた頃のツイートです。あれだけ早稲田に行きたがっていたにもかかわらず、この頃の私は早稲田を諦めてしまっていました。早稲田を志望し続けて落ちるのが怖かったのです。「関関同立」の一つである関西学院大学(通称関学)なら良い大学だし、学力的にもなんとか入れるのではないかと思い、志望校を関学に変更しようとしていました。

2016年1月6日(水)20:35

「#浪人する可能性があるひといいね押して」

↑これも同じ日のツイートです。関学に進学しようかと考えていた四時間後には、浪人して早稲田に行こうとしていました。朝令暮改とはこのことですね。

2016年1月26日(火)11:24

「浪人するか・・・・・・

現役でいくか・・・・・・

まだ迷っている・・・・・・

(猫の絵文字×40)」

 ↑いよいよ勉強を辞めてしまった頃のツイートです。「浪人するか」とは浪人して早稲田を目指すこと、「現役でいくか」とは現役で早稲田以外の大学に進学することです。ストレスのためか、何の脈絡のない猫の絵文字を連打しています。

【2月1日・2日】関西学院大学一般入試(文系・全学部日程)を香川の試験会場で受験。

2016年2月9日(火)13:20

「K学院大学の4学部にG格しました」

 ↑「K学院大学」とは関西学院大学のこと、「G格」とは合格のことです。

一般入試とセンター試験の結果(日本史 83点、国語 180点、英語筆記 156点)を使ったセンター利用入試で、関西学院大学の文系学部四つに合格しました。「関西学院大学」と「合格」をなぜ伏字にしたのかは謎です。早稲田を諦めたことに対する後ろめたさがどこかにあったのかもしれません。

2016年2月12日(金)23:47

「明日も暇やな」

↑まだ早稲田大学人間科学部の入試が残っていましたが、もはや受験する気すらありませんでした。家ではテレビばかり見て、それに飽きると推薦入試で大学が決まっていた友人の菅とカラオケに行っていました。

【2月16日】早稲田大学人間科学部の一般入試の二日前

早稲田は関西に試験会場を設けていなかったので、地方出身者は早稲田試験場に行くために試験日の前日から東京のホテルにとまらなければなりませんでした。

十月頃には早々と東京のホテルを予約し、髪を染めた状態で受験しても合否に影響はないかまで早稲田に問い合わせをするほど受験への準備は万端だったのですが、二月の私は早稲田を受けたところでどうせ受かるはずがないと思っていました。

魔が差した私はこの日、ホテルの予約サイトを開いて宿泊予約をキャンセルしようとします。

それを見ていた母が「受けるだけ受けてきなさい」と俺を説得したので、しぶしぶ思いとどまりました。

ちなみにこの日も菅とカラオケに行きました。

【2月17日】早稲田大学人間科学部一般入試の一日前

母に「どうせ受かるわけないけど記念受験してくるわ」と言い残し、新幹線で東京に向かい、ホテルにチェックインしました。

受かるはずがないと諦めていたので緊張はしませんでした。

菅に「東京なう。明日記念受験するわ」とラインを送り、ホテルの部屋でコンビニのハンバーグ弁当を食べて眠りにつきました。

【2月18日】早稲田大学人間科学部一般入試当日

ホテルのモーニングコールで目を覚まし、電車で試験場に向かいました。

受かるなどとは本当に微塵も思っていなかったので全く緊張せず、試験場で自分と同じ金髪がいるか探していました。金髪を二人ほど見つけたところで、英語の問題が配布されました。

英語の問題を解き始めた時、過去問とは違う手応えを感じました。

もしかしたらいけるかもしれない、そう思いました。

そしてそう思った瞬間に緊張を感じるのがわかりました。

そんな緊張を振り払うように、頭の中で「どうせ落ちる、どうせ落ちる」と自分に言い聞かせながら問題を解き進めました。

試験終了五分前くらいにすべての問題を解き終わりました。

私は昔から「集中力は消耗するもの」だと思っているので、模擬試験でもマークミスの確認以外に「見直し」というものをしたことがありません。見直しをした分集中力が消耗され、次の教科でその分集中できなくなると考えているからです。

本番でもこのスタンスを変えることはなく、マークミスをしていないことだけを確認し、机に突っ伏して寝ました。

国語も日本史も、「どうせ落ちる、どうせ落ちる」と自分に言い聞かせながら解きました。

試験が終了し、新幹線に乗って家に帰りました。

母は家で俺の帰りを待ってくれていました。

「お疲れ」という母に

「多分落ちた」と返した私でしたが、

「もしかしたら受かるかもしれない」という思いが心のどこかにありました。

【2月27日】合格発表当日

早稲田の合格発表は電話とネットで行われました。

電話のほうが発表が早く、受験番号を入力すれば合格か不合格かを電話口で教えてくれるのですが、私は電話で「残念ながら・・・」などというショッキングな言葉を聞きたくなかったので、ネットで合格発表を見ることにしました。

パソコンの画面上に無機質に並ぶ受験番号の羅列の中に、私の受験番号はありました。

2016年2月27日(土)12:04

「早稲田受かったww」

 ↑受験番号を見つけた直後の私のツイートです。

何かあったらすぐにツイート、これだからツイッタラーは。

模試の結果等

東進センター模試(高1)

東進センター模試(高2)

東進センター模試(高3)

−右上に写り込んだグラフは数学1の得点

・模試の結果で精神的ダメージを受けることを避けたかったため、駿台・河合塾・代ゼミの模試は殆ど受けませんでした。

・東進の難関大模試では一度もCラインに届いたことがありません。

使っていた参考書等

・本文中に記載しました。

・東進の「高速基礎マスター講座(単語アプリのPC版のようなもの)」はゲーム感覚で英単語を覚えられるため本当にオススメです。収益が出にくいことなどを理由に生徒に使わせていない校舎が少なくないため、使っていない東進生が多いのですが、本当にもったいないと感じます。私は英単語帳が大の苦手だったのですが、この講座のおかげで英単語帳を使わず画面をクリックしながら英単語を全て暗記することができました。

しつこいと思いますがもう一度言います。東進生は騙されたと思って一度使ってみてください。・・・いいから使え!!

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

自由なサラリーマンになる為のライフハック情報を発信中。 受験ブログが受験ブログランキング1位になり著書『引きニートコミュ障、偏差値28から早稲田に行く』を出版。 LINEスタンプ『お寿司ですが何か?』『意識低い系キリン』なども発売中。

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